夢時造-yumejizo-

オヤジ料理人の記憶の記録 夢日記 

「甲斐の国 NAGANO - 松本城から攻め落とすか!」 其の十三」

旨いそばを食べれたし、腹ごなしに散策。
上田市役所前を通り、池波正太郎真田太平記館へ、

先述した、大河ドラマ「真田太平記」の原作を書いた池波正太郎氏

時代小説を執筆した直木賞作家・池波正太郎氏(1923~1990)は、
真田一族の歴史に深い関心を抱き、これにスポットを当てた数多くの作品を発表しています。
名将真田昌幸・信之・幸村、父子の活躍をテーマにした「真田太平記」は、この一連の「真田もの」の集大成ともいえる作品
「週刊朝日」に連載された長編大河小説。

池波正太郎氏は、この「真田太平記」連載にあたり、取材の為、しばしば上田を訪れ、
「上田の印象」の中で「折りにふれ、上田の人々の顔をおもい、上田の町をおもうことは、私の幸福なのである」
と述べています。

真田昌幸が築城した上田城、その城下町上田に「池波正太郎真田太平記館」があり、
池波正太郎氏と戦国歴史浪漫「真田太平記」の魅力について紹介している。

池波正太郎真田太平記館HPより抜粋

15分ほど歩いたであろうか、方向感覚に優れた私、
知らない街でも99%迷わずに、たどり着けます。

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馳せる気持ちがわかる、「真田太平記」愛する私は、、、、
2人が後をついてきていることを確認しつつ、、、、、、先に横断歩道を渡る。

「ここだよ、さぁ入ろう!」のポーズをしようと、思いきや!



水曜、休館日

が~ん

私が上田に来たかったのは、城跡よりもこちらが目的だった、、、、だけに

夏休み期間中に、休館するとは、、、、ショック。



馳せる気持ちも、落ち込む気持ちも、カミさんと息子にはわからないまま、旧北国街道へ、

小洒落たお店が古い街並みにあるらしい、

もう気分転換、、、、こっちこっちと言わんばかりに、先を歩く。

町の地図は頭の中に出来ている、、、、、、、

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静かな、城下町跡      とても綺麗

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静かなわけだ、水曜定休日なお店ばかり、

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またしても、、、、、、ショック、ショック!

前もって調べておけばよかった、、、、、


やはり、感はいいけれど、詰めの甘い、B型特性が出てしまったようです(笑)。

そして、切り替えが早いのも特性かも( ´∀` )/?

最終目的地、小諸城へ向かいます!


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「甲斐の国 NAGANO - 松本城から攻め落とすか!」 其の十二」


想い出の別所温泉を後にして、、、第3日目

山道を下り、千曲川方面、上田城へと向かいます。

上田の街は広かった、そして天気も良かった、、、暑いくらい。

帽子は持参でかぶっていこう!

結構な敷地が残っていました、天守閣は残っていませんでしたが、
上田城跡公園←HP

上田城
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たびねすより

別名 尼ヶ淵城
城郭構造 梯郭式平城
天守構造 不明
築城主 真田昌幸
築城年 1583年(天正11年)
主な城主 真田氏、仙石氏、松平氏
廃城年 1874年(明治7年)
遺構 櫓、石垣、土塁、堀
指定文化財 長野県宝(南櫓、北櫓、西櫓)
国の史跡
再建造物 門
位置 北緯36度24分14.12秒
東経138度14分41.26秒
Wikipediaより

天正11年(1583)真田昌幸によって築城された上田城は、
第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城。

春は上田城千本桜まつり、秋には上田城けやき並木紅葉まつりが、
去年の大河ドラマ「真田丸」が放映されていたころの時、
友人のみあげ話では、かなりの盛り上がりで観光名所だったと聞きました。
現在は信州上田真田丸大河ドラマ館が併設しており、信州の観光名所になったのでは。

私達が行ったのは、夏休み後半の水曜日。

かといって、混んでるでもなく、すいているでもなく、、、、

いきなり、櫓の前にある「真田岩」がお出迎え
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一応お年頃を迎える準備中なので顔出しはNG


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真田神社


第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城

第一次上田合戦
天正13年、8月、昌幸が沼田領引き渡しを拒否し、家康と断交したため、
7000人余りの徳川軍が上田城へ攻め入った。
対する真田軍は2000人足らず。しかし昌幸は、巧みな戦術、上田城下の仕掛けで、徳川軍を撃退。
この戦いが、真田氏と上田城の名を天下に知らしめた。

第二次上田合戦
慶長5年、9月 昌幸父子が相分かれて戦うことになった関ケ原の前哨戦。
西軍(豊臣・石田方)についた昌幸・幸村は、上田城へ立てこもり、
中仙道を西進する徳川秀忠軍と戦った。
3万8000の徳川軍に対し、真田軍はわずかに2500人。
軍事力の差をものともせずに、またしても徳川軍に大きな損害与え、
秀忠を関ケ原合戦へ行かせまいと、上田で足止めをさせた。

このシュミレーションVRがわかりやすく面白かったですよ。

昔に観たおなじく大河ドラマ「真田太平記」を思い出します。
ちょい前にも記事にしましたね→真田太平記

信州上田真田丸・大河ドラマ館

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2016年NHK大河ドラマ「真田丸」の世界の施設です。
戦国の荒波を駆け抜けた主人公、真田信繁(幸村)の波乱万丈な生涯を描くドラマのストーリーに沿って、
セットや衣装などが展示されています。

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あとは撮影禁止になっているものばかりで、、、、

おみあげコーナーは充実!!
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こんな幸村人形が待ち待ち構えています( ´∀` )/

知人・職場・友人におみあげを買いました。
息子は、大好きな担任の先生に「上田城クリアファイル」を、、、、
息子本人は各地のご当地モノの携帯ストラップ(コレクション用)しょぼ~ん(´・ω・`)のストラップと
上田城のブックマーク。

上田市立博物館・別館
共通券で無料で観覧できます。

写真撮影禁止なので資料画像
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昌幸画
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真田親子密談図
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現存している昌幸の甲冑、古くなっていますけれど何か迫力を感じました

早い時間帯から廻ることができたので、それほど暑くなる前でした。
昼食をとるべくして、、、、何を食べたいかまた悩むところ

上田城公園の通りの迎いに「蕎麦屋」発見!

次の予定もあるし、早目に食すか?
家族で麺好きだからか、それとも松本城下でのリベンジなのかですが?

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長野県情報サイトより

割と大きいお店、まだ開店時間を過ぎたばかりなのか、
空席があったので、すんなりと、、、、

私は、「もり二枚」
カミさんは、「天ざる」
息子は、「山菜蕎麦」

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ホットペッパーより

大きなホールでしたけれど、12:00を過ぎた頃から満席で、行列ができている。
間一髪ででしたよ、(笑)!

ちょっと若いおばちゃん達が元気よく立ち回っていて、
活きのいい蕎麦が食えるって気がしてくる、気持ちがいいお店でしたよ。
綺麗なお好みの奥様もいたなぁ(笑)
息子はちゃっかりフリーサービスの水を、綺麗な優しい奥様に入れてもらってました( ´∀` )/
もちろん、3人分入れてもらってました(笑)!!!

美味い手打ちそばを食べれたことで、松本の蕎麦は忘れました。
やっぱり信州そばは旨い!

午後は、「池波正太郎真田太平記館」と城下町跡を巡ります、、、、

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「甲斐の国 NAGANO - 松本城から攻め落とすか!」 其の十一」

前回からの続き、、、、!

沢山の方々が正解!  
正解した方には、もれなく、、、、訪問返しが待ってます!!

答え、、、、「帽子」     でした。

善光寺参りで日差しが強くなってきたので、帽子を買ってあげた。
でも、数時間後には、、、、、?

どこで亡くしたのかは、わかりません、ですから失くしたんですけれど( ´∀` )/

山道で雨が降ってきたのでかぶろうとしたら、無かったという証言でした。

部屋から見える夜の上田市、左の奥の遠くに
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画像E-520な日々さんより

2日目の夜
同じ宿に連泊したので、とてものんびりリラックス。

そこの宿の料理を息子はとても気入り、板長に挨拶をしてみたいなどと言い出す始末。

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楽天トラベルより

彼には特別なアレルギー対応食だったので、なおさらのことで、
料理を運んでくださった仲居さんとも仲良くなり、
翌日の朝食で、一時間もかけて仲居さんとお喋りしながら、
朝ご飯をひとり残って食べていました、、、、、、、!

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楽天トラベルより

こういうところは、私にもカミさんにも全く似ていない、隔世遺伝。
「また来ることがあったら、またあの仲居さんにお願いしたいなぁ」
旅から帰ったら、その仲居さんに手紙を出したいと言っていましたよ。

高級日本料理ではないけれども、丁寧に作ってくださった「お座敷料理」
そして、暖かい旅館のスタッフ、すべてが揃って、
「満足」になるんだと改めて思った宿でした。

心から「お世話になりました」と伝えることができました。

別れが惜しい、遅い朝食の息子を待って、、、、宿を後にしました。

「さあさあ、、次の目的地、上田城へ!」

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「甲斐の国 NAGANO - 松本城から攻め落とすか!」 其の十」

松代城を後にしたのは、2:00ぐらい、

カミさんが行けたら、時間があったら、、、、なんて消極的な、
一生のうちに行けることがあるかないか、だから行くことに予定してしまいました。

そこは、江戸時代、戦国時代よりももっとさかのぼる場所へ、、、、

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なにこれ?   ですよね、
行きながら、何やら雲行きが怪しくなってきまして、
暗い画像になってしまいました。

こちらの画像で、どうですかね?

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森将軍塚古墳より

そう古墳ですよ!!

森将軍塚古墳(Wikipediaより)

長野県千曲市(旧更埴市)大字森字大穴山に所在する本古墳は、
長野県で最大となる全長100メートルに及ぶ前方後円墳である。
曲がった尾根上に築造されたことによって左右対称ではなく、後円部が楕円形に近い。
墳丘は葺石で覆われ、三重の埴輪列のほか、墳頂には形象埴輪が配されていた。規模は以下の通り。
墳丘長:約100メートル
前方部
長さ:約40メートル
幅:約30メートル
高さ:約4メートル
後円部
直径:約45メートル
高さ:約4メートル

所属 埴科古墳群
所在地 長野県千曲市大字森字大穴山
位置 北緯36度31分52.86秒
東経138度08分14.02秒座標: 北緯36度31分52.86秒 東経138度08分14.02秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長約100m
築造年代 4世紀中頃
埋葬施設 竪穴式石室
被葬者 不明
出土品 鏡片・埴輪棺・鉄剣等
指定文化財 国の史跡「森将軍塚古墳」(「埴科古墳群」に包含)
特記事項 長野県第1位の規模

ここにいくまでの山道が、「もう大変」でしたよ。

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息子の後ろから、ついていく、、、、
カミさんは、喜び、勇んで、、、、、、遥か先を登っています。

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こんな山道を、20分ほど、、、、、
途中で、近道と書いてあった矢印にだまされてさらに急な階段、、、、でした、

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階段を登りきると、、、、

科野が一望できる高さでした。

登りつめると同時に、、、。。。。。雨。。。

マジですか、この山の中を雨です。

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資料画像

たしか、麓の科野の里歴史公園 森将軍塚古墳館にバス停らしきものがあった、
古墳山頂までのバスが出ているらしい、、、、
古墳周辺に、バスの案内が書いてあった。
少し下ったところに、小さな屋根付きのバス停、発見!

時刻表を見るまでもなく、「御用の方はこちらへ電話してください」のこと、

雨は次第に、本降り、
山の雨は、火照った熱い体には、冷たすぎました。

カミさんが公園の事務所に連絡を入れるてから、、、、10分

くねくねの自動車道をマイクロバスが上がってきた!

またもやバスに救われました(笑)!

古墳館では、現地では見ることができない森将軍塚古墳の竪穴式石室や、
出土した副葬品・埴輪などを、実物や模型・映像によって展示しています。

この石室の復元は迫力の圧巻でした。

日本最大級の古墳お出迎えは、三人に潤いをもたらせてくれました?

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皆さん、途中でお気付きになったであろうか?

前回の善光寺参りでの出来事(ハプニング)の
続きがあることが証明している画像があります。

答えは、、、、次回、、、、( ´∀` )/

また息子が、やってくれました!

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「甲斐の国 NAGANO - 松本城から攻め落とすか!」 其の九」

我が御子息の履物は調子がいいようで、
表参道に戻り散策をし始めると、何事でもあったのかというほどの立ち回りでした、

が、がしかし、、、、

お昼近くになるにつれ、陽射しが強くなり始めた、

息子に、
「帽子どうした?」
「車においてきた」
「・・・・」

今から戻ることも出来ず、参道に帽子屋さん発見!
仕方なく、750円で帽子購入。

いつもは、野球帽をかぶっている、
今回は、モスグリーン色の、

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こういうタイプ、、、、、

小さい頃から帽子をよくかぶされてきた息子は、なんでも似合う。

頭のてっぺんと足の先を、地元民のようにコーディネートした模様。

早い時間に善光寺参りが終了したので、このまま移動して、
午後のスケジュールを前倒ししていこうということで、

いざ、松代城へ、、、、、!

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去年の大河ドラマ「真田丸」の撮影もあったことで、綺麗に改修してありましたね。
真田信之・小松姫の逸話が思い出されます。

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この日は火曜日だったので、真田宝物館はお休みでした。

松代城址
別名 海津城、貝津城、長野城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 不明
築城主 武田信玄
築城年 1560年(永禄3年)
主な改修者 田丸直昌、森忠政
主な城主 武田氏、田丸氏、森氏、真田氏
廃城年 1873年(明治6年)
遺構 石垣、土塁、堀
指定文化財 国の史跡
再建造物 太鼓門、堀、石垣、土塁など
位置 北緯36度33分57.99秒
東経138度11分45.62秒

城跡近くの和菓子屋さんで、遅めの昼食。
三人で和菓子屋さんの「麦とろご飯」をいただきました。

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小布施栗菓子の竹風堂 さん

結構なお点前でした、失礼かな、和菓子屋さんにしてはなかなか!

この後、カミさんが時間があったら行きたいと言っていた、目的地へGO!

そしてまたハプニングが~

( ´∀` )/

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